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1979年に岡本喜八監督作品「英霊達の応援歌」(東宝)にて俳優(中村秀和)として主演デビュー。同映画によりスポニチ映画新人賞、キネマ旬報新人賞、ブルーリボン新人賞等数多くの賞にノミネートされる。 その後、俳優として活躍しながら世界的に著名な演劇学校ニューヨーク・ネイバーフッド・プレイハウスでサンフォード・マイズナーに師事した奈良橋陽子からメソッド演技を10年近くに渡り学ぶ。 その間、アル・パチーノ、ロバート・デニーロ等を輩出したアクターズ・スタジオ芸術監督フランク・カサロや、メソッド演技の創始者リー・ストラスバーグのパートナーであるアナ・ストラスバーグとも出会い親交を深める。
1980年代から脚本・演出も手掛け、処女戯曲「酷白風景」を発表し演劇誌テアトロ等で取り上げられ好評を博す。 1984年には全編英語で執筆した「シャドーゲーム」(ミュージカル)を発表、上演。
また(株)UPSにおいてプロデューサーとしての活躍も多く、松竹との提携公演・西遊記のミュージカル版「MONKEY」(サンシャイン劇場)、パルコとの提携で、スター養成プロジェクトと公演を合体させた「スターシャイン」(渋谷パルコパート3)を上演する。 1994年には、プロデュースを担当した"THE WINDS OF GOD"(今井雅之脚本・主演)が文化庁芸術祭賞を受賞し、(株)UPS主催により二度にわたりニューヨーク公演を行う他、オーストラリア、ニュージーランドと世界ツアーも行う。
その後、クリエーターとしての原点に立ち返るべくニューヨーク・フィルムアカデミーに留学、映像演出を学ぶ。ネイティブレベルの英語力を武器にボーダーレスなソフト作りに才能、手腕を発揮する。
最近では、ビデオゲームの英語版ローカライゼーションや外国人俳優を使ったモーション・キャプチャーの演出を数多く手掛ける他、TVCM等の国際コンペ用の英語版音声演出等、世界を橋渡しするクリエーターとして活躍する。 「ボーダレスでありながらも、それぞれの文化ルーツを明確に表現しようとする姿勢が時代と人間を写し出す大事な鏡になる」というのが持論である。
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